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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)289号 判決

控訴人(被告)

伊藤文夫

ほか一名

被控訴人(原告)

池田恒夫

主文

一、原判決を次のとおり変更する。

控訴人らは各自被控訴人に対し金六七八、八〇六円およびこれに対する昭和四三年一一月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

二、訴訟費用は第一、二審を通じこれを三分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人らの連帯負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人ら敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上法律上の主張および証拠の関係は、左記を付加するほかは原判決事実摘示のとおり(ただし原判決二枚目表九行目に「午前二時三〇分頃」とあるのを「午前一一時三〇分頃」と、同三枚目裏六行目に「六ケ月」とあるのを「六ケ月目」とそれぞれ改める)であるから、これを引用する。

一、控訴代理人において、「原判決が、最高裁判所昭和三九年一〇月二九日第一小法廷判決を引用して、被控訴人の逸失利益についての損害賠償の請求を認容したのは不当である。すなわち(1)本件事故当時の被控訴人の運送営業は、道路運送法第四条第一項に違反し運輸大臣の免許を受けないで行われていたものであつて、右営業行為は、反道徳的行為といえないとしても、罰則の適用がある違法行為であり、このような行為による不法な利益の賠償を公然と請求することは、信義誠実の原則に反し、法の保護に価する損害の賠償請求とはいえない。(2)無免許業者の運送契約であつても私法上当然無効となるものではないとして、右契約による運賃請求権を認めることは、道路運送法の目的に照らし疑問であり、また現実に自動車の使用を禁止されて利益を得ることができない場合もあるから、当然に利益を得べかりしものとしてその賠償請求を認めるべきではなく、さらに民法第七〇八条が不法原因給付の場合に返還請求を禁止している趣旨からしても、このような損害賠償請求を許すべきではない。(3)自動車の売買において債務不履行があつた場合は、契約締結の際その自動車が運送業者に使用されることを予見できることがあるから、自動車を使用できなかつたことによる過失利益の賠償をさせないと不当なことがあるけれども、交通事故の場合には、加害者に右のような予見が全くなく、損害の算定にあたつてこの点の考慮を必要とされないのであるから、公平の原則からすれば、無免許営業による得べかりし利益を認めるべきではない。」と述べた。〔証拠関係略〕

理由

一、原判決の理由一ないし三、の記載を以下のとおり訂正して引用する。

1  原判決四枚目裏八行目に「午前二時三〇分頃」とあるのを

「午前一一時三〇分頃」と改める。

2  同五枚目表一一行目に「原告本人尋問の結果」とあるのを

「原審および当審における被控訴人本人尋問の各結果」と改め、同裏二行目に「八月下旬」とあるのを「八月中旬」と改め、同三行目「金一五、〇〇〇円」から同四行目末尾までを「金一三、二四六円を支払つたことが認められるが、右金額を超え被控訴人主張の金一五、〇〇〇円を支払つたと認むべき証拠はなく、被控訴人は右金一三、二四六円の限度で損害を蒙つたことになる。」と改める。

3  同五枚目裏五行目から同七枚目表七行目までの(二)得べかりし利益の喪失の項全部を次のとおり改める。

「(二)得べかりし利益の喪失

〔証拠略〕によれば、被控訴人は、自ら自家用貨物自動車を所有し、昭和四一年から訴外有限会社東洋プレス工業所の貨物を専属的に運送して同会社から運送賃の支払を受けていたが、道路運送法第四条第一項所定の運輸大臣の免許を受けていなかつたことが認められる。このような無免許の自動車運送事業の場合であつても、その事業の経営の過程において締結される個々の運送契約が私法上当然に無効となるものではなく、事業経営者が相手方に対し運送賃の支払を請求しうる権利を取得し、右権利に基いて運送賃を受領することを妨げないと解すべきことは、原判決が引用する最高裁判所昭和三九年一〇月二九日第一小法廷判決の示すところである。そうとすれば、右事業経営者は、他人の不法行為によつて事業の経営ができず、運送賃収入を得られなかつたときは、不法行為者に対し得べかりし利益の喪失による損害としてその賠償を請求することができるというべきである(右最高裁判所第一小法廷判決は債務不履行による損害の賠償請求の事案であるが、不法行為による損害の賠償請求の場合においても同様に考えられる)。もつとも、無免許で自動車運送事業を経営する行為は、一年以下の懲役を含む法定刑による処罰の対象となる違法行為である(同法第一二八条第一号。なお同法第一〇一条第一項は自家用自動車を有償運送の用に供することを禁止し、その違反行為は同法第一二八条の三第二号によつて処罰される。)から、このような違法行為によつて得べかりし利益を得られなかつたからといつて、その損害の賠償請求を許してよいか疑問がないわけではない(右最高裁判所第一小法廷判決における少数意見参照)。しかし右事業の過程において締結される個々の運送契約が、公序良俗ないし社会の倫理観念に反する不法な行為とまではいえないし、また自動車運送事業の免許制が定められた根本趣旨は、輸送秩序の維持と不当競争の防止をはかることにあり、事業による営利自体を直接規整しようとするものではないこと(前同判決における補足意見参照)からすれば、右の損害賠償請求を許してよいと考えられる。ただし、無免許で自家用自動車を使用して自動車運送事業を経営したときは、運輸大臣の処分により六か月以内の期間を定めて右自動車の使用を制限または禁止されることがある(同法第一〇二条第一項第一号なお有償運送の用に供したときにつき同第三号)のであるから、この場合の得べかりし利益は不安定なものということができるであろうが、本件においては、被控訴人が得べかりし利益を喪失した期間として主張している昭和四三年八月までの間に、被控訴人が右のような処分を受けたことは認められないから、得べかりし利益の算定にあたつてこの点を斟酌するのは相当でない。

そこでまず、被控訴人が本件事故後一か月目から六か月目まで、すなわち昭和四三年三月から同年八月まで前記東洋プレス工業所の貨物を運送して支払を得べかりし運送賃について検討するに、〔証拠略〕によると、被控訴人は昭和四二年一一月金二三二、九〇〇円、同年一二月金二七〇、二七五円、昭和四三年一月金二〇四、六五〇円、同年二月金二四一、三二五円をそれぞれ運送賃として東洋プレス工業所から支払を受けたことが認められるけれども、右期間は年末年始のわずか四か月のものであつて、しかも各月の支払額にかなり高低の差がみられるのであるから、これに引きつづく六か月における支払を得べかりし額を算定するには十分な資料といえず、せいぜい右四か月のうちの最低の額を参酌して、昭和四三年三月から同年八月までの支払を得べかりし額は少くとも一か月につき金二〇〇、〇〇〇円であつたと認めるのが相当である。次に被控訴人は右昭和四三年三月から同年八月までの各月につき現実に支払を受けた運送賃について立証をしないから、右期間に本件事故によつて蒙つた傷害のため得ることができなかつた運賃収入の額を算定するにはより蓋然性の低い資料によるほかなく、原審における被控訴人本人尋問の結果により認められる全日休んだ日が一〇一日あつた事実を参酌して、右六か月の期間中に支払を得べかりし合計金一、二〇〇、〇〇〇円の約一八〇日中の一〇〇日分、すなわち約九分の五にあたる金六六〇、〇〇〇円をもつて本件傷害のため得ることができなかつた運送賃収入と認めるのが相当である。そして〔証拠略〕によると、自動車運送事業の経営の必要経費として自動車の原価償却・ガソリン等の費用に収入の三割位を要することが認められるから、右金六六〇、〇〇〇円の約七割にあたる金四六〇、〇〇〇円が右期間に被控訴人が喪失した純収入であり、被控訴人はこれと同額の損失を蒙つたことになる。」

4  同七枚目裏二行目から九行目までの(四)慰藉料の項全部を次のとおり改める。

「(四)慰藉料

〔証拠略〕を総合すると、被控訴人は、本件事故により外傷性頸性頭痛症候群の傷害を負い、約六か月間通院治療し、二年後の昭和四五年二月頃にようやく軽快を覚えるようになつたことが認められ、右事実とそのほか本件に現われた諸般の事情を斟酌すると、被控訴人の受けるべき慰藉料の額は金二〇万円をもつて相当と認める。」

二、そうすると、控訴人らは各自被控訴人に対し(1)被控訴人が支払つた治療費金一三、二四六円(2)逸失利益金四六〇、〇〇〇円(3)自動車修理代金五、五六〇円(4)慰藉料金二〇〇、〇〇〇円の合計金六七八、八〇六円を支払う義務があり、被控訴人の本訴請求は右金六七八、八〇六円およびこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四三年一一月一五日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

よつてこれと一部結論を異にする原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第九二条第九三条第一項但書第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部行雄 小林信次 中平健吉)

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